音楽プロデューサーHikaru Hashimoto×遠州のミュージシャンのコラボ企画「A-session」#1のCDリリースパーティーは大盛況で終了しました。
沢山のお客様にご来場いただきましたこと、誠に感謝しております!
至らぬ点も多々ありましたが、
ご来場のお客様に「楽しかった!次も行きます!」とのお声を頂き、
また、今回ご都合が合わずに来られなかった方にも「次は是非行きたい!」と言って頂き、この企画が成功したことを実感し、心から安堵しています。
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本来ならば、主催者としてこれ以上のことを発信する必要はないのかもしれない。
けど、ここは「HARUKA LIBRARY」。
リリパ前日に当日までのハプニングを振り返ったことだし、せっかくなので編集後記ならぬ「企画後記」と題して本番を終えた今の心境を綴っておきたい。

我はHaruka 企画を愛する者
リリパを終えて、改めて自分が企画を愛する者であることを再認識した。
私にとって「企画」とは、
自分が「めっちゃ良い!!」と思う何かを、
人の手を借りながら作り上げたイベントを通じて、他の人に魅せること。
私は、この企画というものを愛している。
今回A-session#1企画を通じて経験できたこと、例えば、
準備の過程で人をきちんと頼ること。
すると、その人から思いもよらぬようなパフォーマンスが引き出せて、そこから、人間同士、芯と芯での繋がりが生まれる。
ステージ上で繋がりが見えて、それがお客様へ感謝と共に届くとき、企画側も想像を絶するような熱が生まれる。
それを見た私の中にも「生きてて良かった!!!」と叫び出したくなるような情熱が、体の真ん中から湧き上がってくる。
イベント準備において大変だったことや嫌だったことは全てが帳消しになる。
「またやりたい」「次はこうしたい」「もっと良い企画に出来る」と、すぐに次の夢を見てしまう。
私は、こういうことを今回A-session#1企画を通じて経験させてもらった。
だけどこの感覚、実はもう既に知っているのだ。
上で、自分が企画を愛する者であることを「再認識した」と書いたのは、これが新たな気づきではないからだ。
根っからの企画好きが企画から離れた理由
大学時代、私は軽音楽部で部長をやっていた。
大学公認の学内ライブや学祭といったイベントに出るために部を仕切っていたし、自主企画ライブも沢山こなした。
地元のジャズイベントで学生スタッフの代表も務め、ライブに出るよりもライブを企画する側の楽しさを知った。
同時に、多くの人を巻き込む大変さも身に沁みて知ることになる。
他の誰かと考えが合わない時、思うようにいかないものに腹を立てる時、そのたびに、「他人は変えられない」と自分に言い聞かせることが何度もあった。「逆に、これまでの自分がいかに恵まれていたか」と思考を切り替え、「今後自分がどう変わっていくべきか?」「どういう風に伝えれば良かったのか?」と考えを巡らせ続けていた。
大学4年で部活を引退。
引退式の翌日に見上げた冬の空はやけに透き通っていて、久しぶりに息を大きく吸えたあの感覚を今でも鮮明に覚えている。
今思えば、自己反省の無限ループに疲弊していたんだろう。
そんなこんなで大学卒業後は、イベント企画から遠ざかった。
大学院では、黙々と机に向かえば成果を出せる研究に惹かれていった。
一人で資料を読み漁る夜も、締め切りに追われて徹夜が続く日々も、さほど辛いとは思わなかった。
「自分が努力するだけで良い」ということが楽だったから。
勿論、法律の道も決して平坦ではない。
研究の道も道半ばに終わったり挫折は味わったけど、何とか法律の仕事に就き、知的専門職として経済的に安定。
そうした頃にHikaruに出会う。
Hikaruの音楽に惚れて
出会った頃のHikaruは、今のように「音楽プロデューサー」「サウンドデザイナー」と名乗ってはおらず、音楽との向き合い方も、会社の軽音楽クラブで会社の同期とバンドを楽しむ程度だった。
Hikaruよりも1年後に同じ会社に就職したHarukaも、「大学の頃みたいな音楽活動はもう考えられない」という想いはあったものの、やっぱり音楽が好きで先輩に誘われるまま、緩やかにバンド活動を再開した。
そして入部した会社の軽音楽クラブで、一際輝くHikaruのステージを好きになる。
といっても、その後は、特に会話を交わすこともなく仲も深まらない、所謂「ただの知り合い」期間がしばらく続くのだが、彼のステージパフォーマンスを見るのはとても楽しみにしていた。
「人と一緒に音を鳴らすのが楽しい」という(自分を含む)他のメンバーとは一線を画する、音楽を深く真摯に考え、実践する姿を尊敬していた。
そう、Harukaは、まず先にHikaruの音楽に惚れた。人間性に惚れたのは、そのずっと後の話。
紆余曲折あって2019年に結婚後、すぐにコロナ禍。時は副業ブームだった。
自分たちも例に漏れず、会社の仕事以外にお金を稼げるスキルを!と考え始めたのがきっかけで、最終的には「本気で音楽をやってみたら?」とHikaruに強く勧めたことを覚えている。
一緒に音楽活動をする中で芽生えた想い。
「もっと多くの人にHikaruの音楽を届けたい!浜松のアーティストにHikaruの良さを知ってもらいたい!」
どうすればHikaruの良さが届くだろう?
二人で考えた末、活動を通して出会った遠州のミュージシャンにコラボCD制作をオファー。
これが「A-session」の始まりである。そして、CDリリースパーティを企画することになる。
期せずして、私は再び企画をすることになったのだ。
久しぶりの企画は、やっぱり、楽しかった(←再認識)。
ただいま!
大学卒業から再び企画に舞い戻るのに何年かかったことか。
こんなに面白い企画の世界を、なぜ遠ざけてきたのだろう。
人を巻き込むことがいかに大変か知っているからだろうか。
それもある。それもあるけど、
会社員として、仕事に責任を持つことの意味を学び、人の手を借りて事を為すことに対して、すっかり腰が引けてしまっていたのだと思う。
「責任感」の三文字が企画者としての挑戦心を鈍らせていた。
でも「うちの夫カッコいいでしょ!」のワクワクが、そんな軟弱な心を遥かに凌駕し、前に突き進む勇気をくれた。
Hikaruの音楽家としての真摯な姿が、彼の生み出す音楽が、私の鈍らな企画魂を蘇らせ、また輝く機会をくれたのだ。
ありがとうHikaru!
そして、企画沼よ、ただいま!
直前期の様々なハプニングに凝りもせず、私たちは今日も#2の企画を練っていく。
Haruka
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