「グランメゾン東京」に感化されて人生観を綴ってみる

同世代デザイナーズと出会って
執筆をライフワークとして続けると決めた。
それ以来 日々浮かんでは消えていく言葉たちを
心に任せて下書き保存し何かのタイミングで表に出している。

「グランメゾン東京」に感化されて

最近、夫婦でNetflixの「グランメゾン東京」にハマったんだけど
夫婦であーだこーだ言いながら観ていく中で不思議と魂が宿った下書きがあるので公開したい。

料理人と音楽家に通ずるところがあるからかもしれない。
むしろ、その道を極める人に共通のものがあるのかもしれない。

例えば、この道を極めると決めて
高みを目指すほど
上には上がいることを痛感して
「私には出来ない」を沢山体験することになる。

気を抜くと「そんなこと自分に出来る気がしない」と
だんだん進路が塞がれていくような
漠然とした不安に負けそうになる。

誰か!今の私に価値があると認めて!いっぱい褒めて!
そうでないなら致命傷を負う前に逃げるから!
だから早く褒めて!と、
承認が欲しくなることもよくある。

そんなどうしようもないメンタルの持ち主(=HARUKA)でも
法律の勉強や仕事はなぜか続けてこれた。
博士号を取り、企業の法務部で知的専門職に就くまで続けることができた法律の道と、道半ばで辞めてしまった多くのものとの違いって何だろう?

そんな哲学の話。

「ハマる」瞬間

さっそく結論を言うと
「ハマる」瞬間があるかないかだと思う。
高校バレー漫画の名作「ハイキュー!」で木兎光太郎が言っていた言葉の通りなんだけど、私も深く共感する。

この「ハマる」を自分なりに言い換えると…

①まずは仲間や運に恵まれること。
出会いに恵まれて
すべて報われた気持ちになることだとか。
アイデアが降ってきて
「形にするまでは辞められない」と思えることだとか。
苦楽を共にする仲間がいて
いつしか戦友・同志と呼べる絆が生まれたりとか。

ハマる前には、必ず自分を支えてくれる何かに恵まれる。
一生の宝物に出会う。

②周囲に支えられて続けた先で「自分天才やわ!」と吹っ切れる瞬間が来ること。
自分史上最大の「瞬間最大風速」を記録するようなパフォーマンスができる、気持ちいい瞬間を経験するかしないか。
これが「ハマる」「ハマらない」の分かれ道。
(なお、史上最大かどうかは、当社比で問題ない)

もし「ある」ならば
その道に人生を捧げる意味はある。
人より秀でた何かを生み出すまで続けていけるだろう。

そもそも「出来ないかもしれない」という不安は消えないものだと思う。
挑戦して失敗したら傷つくんだから。
その道が自分にとって大切であればあるほど、
その傷は立ち直れないくらい、深くなるかもしれないから。
そんなの不安に決まってる。

でも、大事だから、好きだから、
今いるところからは見えないような高みを目指したくなるもので。
そういう意味じゃ、見通しは立たなくて当然だよね。
いま自分が不安に思っている状態を、不安に思う必要はないんだ。

挑戦するあなたに届け

挑戦を続ける自分に、普段から言い聞かせていることがある。
これを必要とする誰かに届くかもしれないから、書いておく。

もしあなたが
「こうしたらもっと良くなるのでは?」を日々繰り返し
飽きもせず 夢中で続けてきたならば

もしあなたがこの先
ワクワクする未来を描けているなら
形にしてみたいアイデアを持っているなら
届けたい誰かがいるなら

続けよう。あなたはそうすべき人だ。

「評価」は自分の後ろにできた道に付く。
前には、評価は無い。

前にあるのは、未来へのワクワクや、未だ誰も見ぬあなたのアイデアや、大好きな誰かだけ。
これらに向かって、仲間と一緒に夢中で駆け抜けよう。

そして、他人があなたの形にしたものに評価を付ける頃、
あなたはまた別の未来に向かって駆け抜けていたら良い。
自分が生きる意味を他人に委ねるなんて無意味。

そんな人生、幸せじゃない?

HARUKA

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